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国立駅保存

Enkeikouen
以前国立市に住んでいたので。

確かにあの駅は風情があるんですよね。
結構ボロいのですが、残せるものなら残したい。
ですが、今の市のやり方には賛成できないかな。

議会で保存案が否決されています。理由はお金の負担の問題です。
で、市側はこの費用をJRに負担せよと....これはイカンですよね。
市民の税金による一時負担と賛成者の寄付による保存、
これで民意を問うべきですね。

別に駅舎に限らずですね、
きれいな道路も公民館も橋も公園も学校も
みーんな維持にお金がかかるんですよ。
作ってオシマイじゃない。残してオシマイじゃない。

何を維持すべきなのか、よーく考えないと。

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買い時

商品というのは、競合対策やユーザーのニーズという理由から
"進化"することになっています。

ただ、この進化というやつがくせ者です。
進化と共に売れ筋の領域が自分のニーズと離れていったり、
コストダウンのために見えない部分が安作りされていたり、
はたまた無くなるという可能性もあります。

例えば私は、あまり大きなテレビが欲しいとは思わないですが、
機能的にそそられるモデルは37インチクラスに多いですね。
小型ですといわゆる安物モデルしかありません。

クルマも同じですね。
日本車だとスポーツカー。
選択の余地がどんどん減っています。
欧州車だと手頃なサイズの中型車。
これなんかもうありませんもんね。(注)

TVもクルマも大きければ良いというものではないですからね。
ちょっと困るんですよね。

(注):
私的にはC4やメガーヌだと荷室が少々小さいのです。
407は、大きすぎ。
C5はギリギリ。ただ次期C5は絶対にでかくなりますよねぇ。


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プロデューサー

昨日XANを引き取りに行きました。
キレイに修復されていました。一件落着。

で今回は、その代車のハナシ。

代車は、総走行距離1000kmたらずのヴィッツでした。
ドアの閉まり音とかたいしたものですよ。バフッって。
ウインカーの操作感もなめらかです。
内装に高級感は無いですが、ポケット類も多いですし、
これで何の不満がある、という感じ。

シートはダメですね。乗って30分で腰が痛くなりました。
同乗の妻が同じ事を言っていましたから、まあダメなんでしょう。
滑りやすい生地も減点要素です。

しかし何がダメって、走りがまるで駄目です。
発進時にCVTのギア比が一気に上がってしまって、
スムースな運転ができません。
踏む毎に圧が一定にならないブレーキもダメ。
軽いだけでまるで手応えのないハンドル。

丁寧に運転のメッシュを細かくしようとしても、それについてきてくれない。
逆にメッシュを荒くしていくとピッタリくるんですよね。
乱暴というかON/OFFのスイッチ運転の方が向いています。

考えてみれば、ドアの音とかウインカーの操作感は、トヨタというより
パーツメーカーのクオリティレベルだったり、単に過去のノウハウの蓄積ですね。
それをどう集積して一つのクルマに仕上げるかが、
プロデューサーとしてトヨタに求められていることです。

こんなクルマを出してはいけないですよ。

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半島を出よ

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半島を出よ 村上龍著 を読みました。
筋を簡単に言えば、福岡を北朝鮮が占領する。という話です。
(簡単すぎますか)

色んな方のコメントを見てみると、下巻の方が面白いという方が多いですね。
私は、逆で上巻です。
上巻の日本政府のうろたえぶりがいかにもありそうで、そこにリアリティを感じました。
下巻になるとエンターテイメントという感じで、「まあ、それはないよね」と思いました。
(小説だからいいんですけど)

もっとも強く感じたことは、これって明治時代の朝鮮併合を
モチーフにしていないか、ということです。
日本は当時朝鮮の弱体化につけこんで、対ロシアの橋頭堡とするために占領しました。
(ということに、一応歴史的にはなっています)
当時のロシアの南下政策に対抗するためには仕方がないとか、
当時日本がインフラを作ったことを評価すべき、とか意見はありますが、
しかし、こうやって逆のストーリーを読まされると、そんな冷静な意見は吹っ飛びますね。
(冷静という言い方に異論のある方も多数いらっしゃるでしょうが)

この小説の中でも日本の一般市民が北朝鮮軍にバタバタ殺されるとか、
そういうことはありません。(一部残酷な描写はありますが)
しかし感情的に不快です。異国人に侵入されることが単に不快なんです。
この小説が事実だとして、それを正当化する発言があれば大反発しますね。

そういう目で読んでみても面白いと思います。

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顛末の続き

昨日留守電に
「板金のことでご相談したい」
と入っていました。

不吉な予感。

恐らく、シボが消えて見た目のバランスが悪くなった、
そんなことだろうと思っていました。

今日店を訪問すると、その先を行っていたことが判りました。

見た目のバランスが悪くなったので、

前部バンパーすべてのシボを消して再塗装してました。

ぶつけたのは右角の小さなパーツです。
それを前部バンパー全部シボ消し再塗装ということです。
(シャレじゃないですよ)

作業そのものはちゃんとできてましたよ。
そこだけ見ていれば全くおかしくありません。
ただ、この後再度パーツ交換するような時に、
また全部変えなくてはならないですからね。

ということで、元通りにしてもらうことになりました。

店の人もさすがにマズイと思っていたのでしょう。
戻してください。ハイ戻します。という感じでした。

どこまで墜ちていくのか? 乞うご期待。

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設計

一昨日から駐禁取り締まりが強化されました。
賛否両論ですが、旧方式で改善されない地域があったわけですから、
強化されるのは仕方がないでしょう。方法の是非は別にして。

ただ、それで困る人たちがいるのも事実で。

街をもう少し地域が主体性をもって設計できないものかと思います。
これは、個人の権利に大幅な制限を加える可能性はあるのですが....

繁華街(と総称してしまいますが)には、当然一定の駐車場は必要です。
地域再開発(例えば豊洲)でマンションどんどん建てるけど、
病院や保育園やらインフラが追いつかないとか。
都営大江戸線 勝ちどき駅 朝は満杯で使うに耐えません。

単純な話、あるインフラなり地域に適当な人口は決まっていると思うのですよね。
この人口という言葉は、自転車、自動車、子供とか
いろんな言葉に置き換えることができます。

街も自然と一緒なのではないかなぁ。
我々が今街に対してしていることは、
汚水をじゃんじゃん川に流すことと同じかもしれない。
(それが法律で認められていることなんですが)

日本は、自分が属している社会に対する義務に比較して
個人の権利がちょっと強すぎるように思います。

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