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以心伝心

トヨタのリコール、大変な量です。
過剰設備+売り上げ減に大量のリコール、
踏んだり蹴ったりです。

しかしこれを乗り越えるとさらに強くなる可能性大です。

トヨタに限らず日本製品の品質が高かったのは、
初期段階ではメーカーの品質意識が高く、
その品質意識を部品メーカーと共有したからです。
これがケイレツです。
メーカーは高い品質の部品を入手でき、
部品メーカーは、メーカーへの納入が保証されます。

メーカーの考えることが分かると、
供給側には、日本人特有の意識が働きます。
相手の気持ちを慮って行動する意識です。

供給側は、顧客(メーカー)が100%の指示をしなくても、
満足するような製品を納入するようになります。

日本はなんだかんだ言って、契約社会ではありません。
お互いに仕様書・契約書に100%書き尽くすことなく、
書いていないことを実行して購買者を満足させます。

これは日本の美徳のように言われますが、
海外企業と取引しなければならなくなった今となると、
大きな弱点と言わざるをえません。

海外メーカーはそういうことはありません。
相手を慮らないとは言いませんが、
基本的には契約の範囲でしか仕事をしません。

今回トヨタは、部品メーカーに被害の一部の補償を求めると言っています。
全部と言わないということは、仕様レベルでは要件を満たしていたのでしょう。

トヨタの品質管理手法が海外に浸透しなかった、
ともっぱら言われていますが、恐らくそうではない。

今や品質管理に限らず技術力は、部品レベルでは部品メーカーの方が高い。
そして部品メーカーが、トヨタのために維持してきたものがあったでしょう。
それはトヨタには見える化されていない暗黙知です。

それを海外メーカーに期待していた訳ではないでしょうが、
しかし油断してしまった。
部品メーカーが自律的に維持してくれた技術を
自分の力と思い違いしてしまった。
それが実態でしょう。

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バランス

先週両親と外食する機会がありました。

「新型インフルエンザの予防接種した?」

「解禁されて直ぐ行かなかったから満杯で
2月22日で予約したよ」

余ると言われている新型インフルワクチンですが、
そもそも注射をする医者が足りないのではないでしょうか?
ワクチン量ばかり注目されていましたが、
接種してくれる人が充分いなければ意味がないですよね。

血圧を自動で計る装置のように、
腕を突っ込んだら注射してくれる機械を開発するとか、
日本の得意な事をすればいいのに。


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甘粕正彦 乱心の曠野

最近佐野眞一の本を読んでいます。

甘粕正彦といっても最近の方はご存じないでしょうね。
そもそも教科書に出ているのでしょうか。

私の高校の教科書には載っていました。

関東大震災時に活動家の大杉栄ら3人を殺害して
井戸に投げ捨てたとされていました。
軍国主義者のようなイメージを憶えています。
五一五事件とか二二六事件への
入り口のような位置づけでした。

ところがこの本を読むとスケープゴートにされただけだと。
陸軍が実行したのは間違いなさそうですが、
それを庇うために甘粕氏の個人的犯行に
仕立て上げられたというのが佐野氏の見立てです。

もっともWikipediaを見ると甘粕氏の犯行と書いてありますから、
はっきりと定まっていないのでしょう。

この本を読むと当時の人が世の中の動きに思いっきり
翻弄されている様が描かれています。
もちろんそれは仕方がないことではあります。
それをなくすことはできません。

しかしだからこそアマチュアっぽい態度や
実験を世の中に対してやられては困るのです。
練習は野党の時にお願いしたい。

これが先のエントリのasn?さんへのコメントの補足です。

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神様

「私は民主党代表として小沢幹事長を信じている。
臆(おく)することなく自らの潔白を説明し、
職務の遂行に全力を挙げて頂くことを要請する」

この人は本当に甘ちゃんですね。
不祥事の疑いのある社員がいたときに、
盲目的に「信じます」と社長が対応したらそれで済みますか?

事実は判っているがそうとは思いたくない時、
事実かどうか判るすべがないとき、
そもそもそのような判断をするには畏れ多い時
信じるとはそのときに使う言葉です。

首相なら、
「調査の結果問題がないと判断した」
と答えるべきところでしょうに。

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向こう側の人

WebCGに掲載されている小沢コージ氏の連載
小沢コージの勢いまかせ!ですが、マスコミというか、
向こう側の人はずいぶん違うものなのだなぁ、
という感想をもちました。この記事です。

まず1ページ目は大枠同意です。
“商品購買扇動メディア”=カタログ雑誌 はその通りですね。
私は雑誌には批判を期待するのですが、
その批判対象のレベルが上がってしまって、
バイアスをかけるか、重箱の隅をつつくように、
というかそうせざるを無くなってしまいました。

ああ....と思ったのが2ページ目です。
記者がお金を掛けて取材した記事には真実があって、
タダの記事、例えばBlogでしょうか、
こういうものの氾濫には問題があると。

君たちは私たち(マスコミ)が提供する情報を受け取っていればいいんだ、
という傲慢さが表れていますね。
もちろんタダ情報の正しさを見抜く目は必要です。

タダ情報を拒否してマスコミ情報のみを信用する。それも良し。
しかし取捨選択したうえでタダ情報を受け取ることもできる。
それは私たちの自由なんですよ。
私はその選択ができる今の方がいいですね。
マスコミの方に守っていただくことを条件に
その自由を失うことはできません。

それから単純な数学(確率)の的事実として、
一人の記者の方が書く記事より、
多くの方が書く平均値の方が正しい可能性が高いです。
クルマのインプレッションはまさしくそうです。

雑誌文化とありますが、
文化というなら何のためにやっているのか、
それが見えないとですね。

前にも書きましたけど、雑誌は単なる媒体です。
レコードが無くなったから音楽を止める、とはなりません。
(ちょっと強引な例えであることは認めます)
フィルムカメラが無くなったので写真を止めます、
それはそれで尊重しますが、もったいないと思います。

文字を使って何かを伝えるということは、
今や雑誌よりもっと自由にできるようになっています。
私がこうやって書きなぐっているように。

その自由さを駆使しないなんて、
雑誌は単なる金もうけの道具だったのではないですか?

こんな言葉があるではないですか、
「最も強い者が生き残るのではない。最も賢い者が残るのでもない。
唯一生き残るのは変化する者である」

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失う人得る人

先日近所のイタリアンレストランに行きました。
夫婦でやっている5卓の小さな店です。
開店の頃からお世話になっており、
その頃はいつ行っても客がいなかったのですが、
最近は当日の予約は断られることも多く、
それなりに儲かっているかと思っていました。

ところが、
「今年が正念場ですねぇ
高速1000円が始まってからお客が減りました」
というコメント。

高速1000円との関連は判りませんけど、
消費する量は決まっていますから、
どこかで消費したら、どこでは消費しなくなります。

日本はいい意味ではバランスのとれた、
悪く言えば飽和している社会です。
この社会が縮小均衡しているのが今の姿です。

これは子供手当や農家補償のような所得移転では解決しません。
全体が縮小しているのですから。

そこでバランスを崩す必要があるわけなんですが、
これがいわゆる改革だったわけです。
バランスを崩す以上既得権者の中から失う人が出てきます。
それに耐えられなかったわけですね。

改革=社会弱者の増加みたいに言われますけど
それは嘘ですね。
社会弱者は改革だろうが今だろうが弱者です。

コノヤローと思う人がいるでしょうが書きます。
経済的価値の無い人は、改革でも今でも経済的価値は無いんです。
念のためですが、経済的価値と人間的価値は別のものですよ。
経済価値の無い人は死ねばいいとか言っているのではありません。
誤解のないように。

今はまだ所得移転でなんとかなりますけど、
それに耐えられなくなれば弱者は捨てざるを得なくなります。
どこまで赤字国債が発行できるか?
意外に近い将来ではないかと思います。


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NAVI休刊

既に多くの方が記事にしていらっしゃいますね。

共通しているのは、昔は読んだけど今は...というもの。
私も同じです。
諸元表からではなく、クルマのもつ記号性から語る視点が新鮮でした。

その視点が斬新であればあるほど飽きられ易かったでしょうし、
そもそもクルマの記号性自体が薄れてしまった。
クルマを通して何かを語るのが難しい時代になってしまいました。

老醜をさらすよりは良かったんじゃないでしょうかね。
私はむしろそう思うのですが。

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音楽の買い方

年末年始はTVが特に面白くなくなるので、
Internet Radioを流しっぱなしです。

気になった曲があるとiPhoneアプリのShazamで見つけてタグ、
それをiTunes Storeで買う。
音楽の買い方がまったく変わってしまいました。

そうやって見つけた一曲。
The VerveのBitter Sweet Symphony

バックのストリングスの繰り返しが印象的です。
歌い方が昔っぽいので70年代後半かと思ったら、
1997年の曲でした。新しかったのですね。

申し遅れましたが今年もよろしくお願いします。

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